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ウリグリース千賀子のPure Heart 《ピュア・ハート》

# by uriguri-s | 2007-12-16 19:35

過去を書き変える

過去を書き変える_a0071398_22151551.jpg

今という一瞬一瞬に選択したこと、その現実の積み重ねが、自分の未来を創造するという原理は今までもよく書いてきました。
しかし私達は人生を送る上で、過去関わり合った環境や人からの植え込みにより生じた、様々な固定観念というスクリーンを通して物事を認識し、判断していることにあまり気づいていません。過去の集積が今の自分を創っているのであれば、私達はスクリーンを通して見た世界に、現実の創造を委ねてしまっている、と言っても過言でない状況を創り出していることになります。
刷り込みとしてパターン化している感情の動きが、現実の積み重ねにおける行動という行為に与える影響は大きく、感情の動きが変わればその行動が変化し、最終的に創り上げられる現実も、かなり違ったものになっていくのではないか?と思うのです。

否定的な感情のパターンにより、幾度となく否定的要素の強い現実を創造してしまっている場合、その現実により、さらに否定的な未来を創造することにつながっていくことも考えられますね。
そういった場合、過去の否定パターンを、肯定的なものに自身で書き変えることによって、その影響により、引き寄せられる現実が変わってくることになるのです。
『そ、そ、そんな…! 思い込みの想像で、過去を書き変えるなんてホントにできるの!? 』
不思議ですね…確かに… でも潜在意識は、現実にあったことと、想像上で思い描いたものとの識別ができないのです。強くイマジネーションしたことは、すべて本当のことだと認識するんですね。この、とても素直な潜在意識の力を有効的に使うことは、大いなる自信にもつながってくると思うのです。
スポーツ選手の、イメージトレーニングはこの作用を利用したものです。
メダリストたちは、過去の失敗イメージを書き変え肯定的なイメージに置き換えます。そしてさらに、成功した自分の姿を強くイメージしていくんですね。

過去や未来という世界は、一体何処に形として存在するのでしょうか? 時間という世界に閉じ込められている私達には、肉体を持って過去に戻ったり、未来に行ったりすることはできません。その過去や未来というイマジネーションの世界は、今という自分の意識の中にだけ存在するものなのではないでしょうか? だからこそ、今、一瞬がすべてにつながるポータル(入り口)なんですね。
そう…! 私達の今という一瞬は、インターネットのポータルサイトのような存在であり、無限大に広がる黄金色のラビリンス(迷宮)への入り口なのかもしれません。
観念、刷り込み、思い込みとは、本来自由な意識に何重もの手かせ足かせをはめ、この一瞬につながる大いなる入り口を厚く覆う、蜘蛛の巣のような存在だと思えるのです。
# by uriguri-s | 2006-10-03 00:06 | 思いと現実化

Contact

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このような経験は、誰にでもあると思うのです…
何かしら特別な意味はないのに、急にある場所に赴きたくなったり、また思い出したようにある本が読みたくなったり、どうしても参加してみたくなった催しやイベント…
これも、実は本能からの貴重なサインであることが多いと思います。その中に、今現在の自身に必要な…そう、意識進化の旅に有益なヒントとなる、ピリ辛スパイスが隠されているように思うのです。
それを体験したあと、何もインパクトを感じなかったとしても、表面意識では認識できない潜在意識の深い部分で、必ず何かが共鳴し合っているように感じるんですね。五感を通して入力された情報が、必要なところに必要な形で届いていると思うのです。

最近、私の周りにはこの現象が多発していて、時間が足りませ~ん…
時間に振り回されずに主体性を持って動きたいと思うので、できるだけ的を絞ろうとするのですが、絞りきっても同時進行で進めなくてはどうしても消化できないのです。コレも、良い意味での教育的指導かなぁ?と、あまり複雑に考えずに、心赴くままに素直に反応しているウリグリースなのですが…

とにかく、読みたい本が山積…! 以前は絶対にやらなかった方法ですが、今は2冊を同時進行で読むスタイルです。1冊をじっくりと読むのが好きなので、同時進行なんて考えられなかったです。(著作者の方、非礼をお許しください…) もちろん読むときは真剣ですが、とても楽しいですよ。きちんと、それぞれの内容が、心のページに印字されていく感覚がいいですね…!
読書以外にも、調べ物もしたいし、ビデオも見たいし、行きたい所には足を運びたいし…しかしこれは、嬉しい悲鳴なのかもしれません。

日曜日は久しぶりにゆっくりとしていましたが、午後になって急にこのビデオが見たくなりました。劇場公開の時もとても感動して、DVD化されてすぐに購入し、お気に入りとしてよく見るビデオです。
カール・セーガン原作の映画『CONTACT』(コンタクト)。
ご覧になった方もきっと多いと思いますが、地球外生命体とのコンタクトが描かれた作品なんですね。( 異星人と思われる存在は、主人公の亡くなった父親の姿で現われます )
しかしこの作品は、単に地球外生命体との接触を表現するだけのものではなく、人類史の裏側に隠された真実、大宇宙の叙事詩、地球生命体として人生を歩んでいる意義、人類愛・宇宙愛の素晴らしさ、宇宙意識を持つことの重要性…といった、現代の私達が、今の時代に学びとして身につける必要性を、自らの心に問いかけることを目的として作られたんじゃないか…?と思わせるような、とても奥深い、威厳に満ちたバイブレーションを放つ質の高い作品です。
カール・セーガンに、インスピレーションを与えた存在との『コンタクト』なのかもしれませんね…

主人公の"エリー"(ジョディ・フォスター)が、多次元意識で体験する"琴座のベガ"のシーンは最高です!心がとっても熱くなるんですね。魂が喜んでいる感じ…! 涙がポロポロ流れてくるんですね。
このシーンで、何故か本当に心が洗われたような感覚に陥るから不思議です。
"ベガ"は、本当に私達の魂の『ふるさと』なんじゃないか…!? って思えるような、素敵な映像です。
そして、その世界は決して遠い所にあるのではなく、多次元で私達の次元と重なり合っている…ということ、真実を知りたい!そしてつながりたい!と強く思う心こそが、推進力となり、意識進化の旅においてその威力を発揮することになるという事実を、この映画は教えてくれます。
"S・R・ハデン"みたいな人も、実際に存在するのかもしれませんね…

私が強く打たれたのは、実証主義者であるエリーが、科学者としての強い信念を持ちながらも、科学では決して実証できないものの中に宿る真実に直面した際、それを否定することなく、実証主義である自身との葛藤を乗り越え、真実を畏敬の念を持って認め受け入れるところです。
科学が究極を極めれば、それは『神』と呼ばれる存在に行き着く…ということを、この作品のシナリオは私に伝えてくれました。
人類は、わけのわからん神様を、たくさん創造しすぎているような気がしますね。

真理とは、形や証拠で残せないものの中に隠れているもの… 逆に、形や証拠で残るものの中から、それを見い出すことは難しいのかもしれません。何故なら、真理とは心で感じるものだからです。
私達の心の中に、宇宙は存在している…この映画の冒頭シーンは、それを強く印象づけています。この冒頭シーンも実に素晴らしい!

『もし全宇宙に、地球しか人間がいなかったら、宇宙がもったいない』 大好きなセリフです。

本能からのサインに、敏感に、そして素直になることの大切さを、また再認識させてもらったように思います。 感謝…!
# by uriguri-s | 2006-10-02 00:04 | 心の栄養

成長の機会

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日々人生を歩んでいく中で、私達は様々な自己成長の機会を天から与えられています。
しかし普段それは、意識することなく心の中を通り抜けていくことが多いと思います。
自分の前に現われる多種多様な現実は、過去の自分自身が創り出した結果でもあるわけですが、何気ない日常の動作であったとしても、それを意識的に客観視できれば、新たな発見や気づきにつながり、結果的に自己意識の拡大をもたらすのです。

私は看護師ですので、医学的な立場からたとえ話をしてみます。
普段私達は、排泄という行為はごく当然の自然現象だということで、その作用を気に留める機会はあまりありません。しかし、外出先でトイレが見つからず脂汗をかくことになったとします。やっと見つかったトイレで用を足す時の爽快感は、言葉にできないものがあると思うのです。私にも経験があります。きっと誰にでもあると思うのですが、この時に普通は、本能を満たせただけの満足感しか感じません。しかし、一歩踏み込んで感性の扉を開くならば、勢いよく排尿できる有り難さと、普段は不潔だ、汚いだとか敬遠されがちの公衆トイレでさえ、有り難いものだ…!と感じることができるのではないでしょうか?
すると、トイレを大切にしようという気持ちや、勢いよく排尿できる健康な腎機能に、感謝の気持ちが湧き起こってくるのです。
トイレに入ったら、『トイレさんありがとう…!』とお辞儀して…
勢いよくおしっこが出たら、『腎臓さん、膀胱さんありがとう…!』
これ、心の中で言うだけでも強力なマントラですよ(笑) きっと、素敵な未来を築き上げる礎(いしずえ)の一部になってくれると思うのです。

アクシデントを通じて今まで感じ得なかったものを感受できた時、それは、そのアクシデントに秘められたサインを、自身が学びに転換できた時だと思います。アクシデントを否定的に捉えると、このような観点に結びつく機会は決して芽吹くことはできないと思うのです。
『転んでも、ただでは起きない』の精神ですね!
アクシデントに限らずあらゆることを、たとえそれが日常的なことであったとしても、成長のチャンスと変えていくことは、霊的成長においてとても意味のあることではないか?って思うんですね。

このように、意識して一つひとつの事象に関心を持ち、現実という一瞬一瞬を肯定的に積み上げるということは、自分の思考を一つ高いレベルの次元から観察し、そしてそれをさらに肯定的で、より自分を高めるものに変化させることにつながっていくと思うのです。
# by uriguri-s | 2006-10-01 00:02 | 意識進化の旅

言霊宿る言の葉

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私達に与えられた、『言葉』という名のコミュニケートツールには、言霊(ことだま)が宿っています。
そしてそれは、現実を創造する強力なマントラでもあります。

以前の記事で書いたことがありますが、言葉とは『諸刃の剣』でもあるんですね。自らの口から発せられた言葉は、その言葉の内容に応じたバイブレーションを放ちながら、聞く人の感情を通して心に深く沁み込んでいくこととなります。
悪意に満ちた、低いバイブレーションを放つ言葉の場合、剣が無くても相手の心を鋭く貫いてしまうことができるのです。相手が、意識の向上を目的に励んでいる人であるならば、その人はそのような低い波動の言葉を受けたとしても、それを受け流し、相手を丸ごと受け止め許すことができるのでしょうが、普通はなかなかそうはいきません。心はひどく傷つき、その傷が元で、心の病に陥ってしまう可能性だってあるわけです。

逆に、美しくパワーに溢れた言葉は、聞く者の心を活性化するスーパーアイテムへと変身します。これは相手に対してだけでなく、自分自身に対して放つ言葉も含みます。
自らを奮起させる最高の方法は、この言霊の力を余すことなく利用する…!ということではないか?って思うんですね。
これは、実に簡単な方法です。これほど単純明快な方法はないのに、私達はなかなか素直になれなくて、貴重な財産を有効に使うことができていないように感じます。それは、言葉にそのような偉大なパワーが宿っているということを、非現実的なことだと否定するエゴや、照れなどが邪魔をするのでしょうが、否定からは否定の現実しか創造できません。
『私にはできない』と心に強く言い放てば、出来ない現実が創造されるのが自然の法則…
話した言葉は、現実を創造するとても強い力があるのです。これが言霊のパワーです。

『私にはパワーがある!』
自分に対して放つ言葉ならば、このような言葉がおすすめです…!(笑)
え…っ? ウリグリースもやってるの…って? 
ははは…やりますよ、鏡見ながら…自分の目を見てね…!
随分前にエハンさんのセミナーで勧められてから、素直に取り入れています。
私は女性ですから、毎日お化粧をするわけです。鏡に向かう時間を有効に使えていいですねー

話す前に、自分が話す内容が、相手の人生にどのように影響するか…?ということをよく吟味することは、とても大切なことだと思うんですね。結局は、相手に対して、バイブレーションの低い言葉を放つということは、自分自身の心も蹂躙していることになります。

心を磨くには、まず… パワーに満ち溢れた綺麗な言葉を使うことではないでしょうか?
これは本当に難しいことではなく、すぐに実践できる素敵な方法です!
# by uriguri-s | 2006-09-30 00:02 | 言霊(ことだま)